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「レディシュガーはキューバの歴史における立役者の一つだ」ラム酒から自然に基づく予防医学まで、現代世界中で多くの人に愛されるキューバ産サトウキビの物語をご案内いたします!

キューバの農業の歴史は、豊富なサトウキビなしでは語れません。有名なキューバのエッセイストであり、人類学者、アフロキューバン文化の研究者であるフェルナンド・オルティス(Fernando Ortiz※1)は、かつて「レディシュガーはキューバの歴史における立役者の一つである。」と述べました。

19世紀初頭にサトウキビ栽培が世界中で盛んになった後、1870年までには世界のサトウキビから採れる砂糖の半分以上はキューバとインドネシアのジャワ島の2つの産地からもたらされました。現在においてもキューバでの砂糖の栽培は盛んでサトウキビは重要な作物と位置付けられています。キューバでは、サトウキビから有名なラム酒を製造する他、予防医療に関わる物質を抽出したりと様々な製品の原材料となっています。キューバでのサトウキビのお話と、キューバの農業史におけるサトウキビの役割をご紹介します。

 

“Sin Azucar no hay Pais”

キューバには「Sin azucar no hay pais」という有名な言葉があります。これは「砂糖がなければ国はない」という意味です。そして、この言葉は歴史的にキューバという国と砂糖の2つの関係を端的に示していますが、サトウキビは必ずしもカリブ海で繁栄するとは限りませんでした。実際、サトウキビという作物の起源は一万年前のニューギニア地域にまでさかのぼることができ、そこから、サトウキビ栽培は東南アジア、インド、中東、ヨーロッパへと広がっていきました。あまり知られていませんが、スペインでもサトウキビ栽培は盛んです。そして大航海時代、クリストファー・コロンブスがサトウキビをヨーロッパからカナリア諸島、そして西インド諸島に持ってきたと信じられています。

中世のアラブ人はサトウキビの熟練した耕作者であり、彼らの生産改良技術はサトウキビをキューバに持ってきたスペインの征服者によってもたらされました。

キューバでのサトウキビの商業生産は、17世紀初頭に急速に拡大しました。当初は、首都ハバナに隣接したところに大きな港湾があったことが大きな理由ですが、島の様々な場所でインフラ整備が進んだことで、17世紀を通じてキューバでのサトウキビの生産と輸出は、他の作物を大幅に上回りました。このサトウキビ産業は18世紀まで成長を続けました。その優れた品質ゆえ、キューバで栽培されたサトウキビは、西インド諸島、さらには世界でも最高の製品の1つとして知られるようになりました。そういった歴史的背景からキューバ産サトウキビは現在でも世界中で知られたものとなっています。

 

世界で最高のサトウキビ

18世紀になると世界中で砂糖の消費が増加しました。世界経済におけるサトウキビの重要性は新たな高みに達し、キューバはこの世界の砂糖需要を支える中心メンバーでした。キューバではハバナ王立貿易会社の設立、首都内およびその周辺でのサトウキビ栽培の拡大等により1740年代から生産が急増しました。1850年代までにはキューバのサトウキビは世界の砂糖の約30%を提供するほどになりました。

19世紀後半になると、サトウキビの農法と製糖技術はより進化し、それまでの小規模な生産モデルから、より効率化された大規模な生産モデルに移行しました。1894年、キューバは初めて100万トン以上の砂糖を生産しましたが、この大部分はキューバのサトウキビに熱心に投資していたアメリカ人が購入しました。1895年までに、アメリカの投資家は約5000万ドル(50億円)をサトウキビ業界に注ぎ込んでいましたが、今日では約14億ドル(1,400億円)にも上ります。

 

アメリカの影響

1868年に10年戦争※2が始まり、1898年にキューバがスペインから独立しました。この間サトウキビの栽培は劇的に減少しましたが、この期間は、サトウキビ産業において20世紀に主流となる新農法、新しい搾汁技術の基盤を作る近代化のチャンスとして捉えられました。

1899年から1902年までの3年間のアメリカのキューバ占領で、米国企業は、キューバのサトウキビ産業がその後数年で繁栄する基盤を確立する上で大きな役割を果たしました。そのため20世紀までの10年間、サトウキビの生産は再び増加に転じました。1914年の第一次世界大戦の発生により、25か所の当時最新鋭のサトウキビ生産施設が設立され、1926年までにこの数は2倍の50施設になりました。第一次世界大戦中、ヨーロッパのテンサイ(甜菜)畑の大部分が壊されたため、世界中の人々はキューバに砂糖を求めるようになった結果、1913年から1919年の間に生産量は270万トンから440万へとほぼ倍増しました。

この数は順調に増加し、1950年には年間約500万トンになりました。キューバはこの時期世界でのサトウキビ生産の金字塔の地位を固めました。

 

新しい展望

1960年代初頭には、キューバのサトウキビ産業の方向が大きく変化しました。1959年にフィデル・カストロがキューバ革命に勝利した結果、米国がキューバから輸入していた砂糖の多くが、ソビエト連邦(ソ連、現ロシア)と中国向けへとシフトしました。1960年代半ば、世界最大のサトウキビ製品の消費者の1つであったソ連が今後数年間キューバから数百万トンの砂糖を購入することに合意しました。これにより砂糖市場の安定が確保された結果、キューバの歴史の中でも最大のサトウキビ生産につながり、1970年には850万トンに達しました。

1980年代を通じ、サトウキビ由来の製品や政治的な要因等によりサトウキビ産業の生産ラインは不安定なものになっていました。それにもかかわらず、国はサトウキビ栽培に特化した科学機関の設立や国内のインフラネットワークの拡大を続け、国の管理する最も肥沃な土壌をサトウキビ栽培のために確保し、サトウキビの生産を続けました。

 

今日のキューバのサトウキビ

1991年のソ連崩壊により、キューバの国際貿易は全体的に落ち込みました。国の重要な輸出品目の1つであるサトウキビの生産は、洗練された生産方法でありながら、当時常に議題のトップにありました。2002年までにキューバ政府はサトウキビ業界をより合理化した結果、その後15年間もの間、他農業が混乱の中にあった時期でさえ、サトウキビ産業は安定していました。

現在でもこのサトウキビ業界は順調に推移しています。2016年の大型ハリケーンの被災を経験したのにも関わらず、技術進歩のおかげでサトウキビ生産は順調に増加しており、キューバのサトウキビ産業の見通しについて農業専門家と経済学者は明るい展望を持っています。

現在では17世紀に経験したかつて程のサトウキビ業界の繁栄はありませんが、サトウキビは2016年に世界で最もパフォーマンスの高い商品の1つにランクされ、食品から自然予防医学など大多数の産業で使用され活用されています。今サトウキビ産業においては、自然予防医学分野で注目されているポリコサノールと呼ばれるサトウキビ表皮のワックスに含まれる物質に新たな関心が寄せられています。

キューバポリコサノールは、天然のキューバのサトウキビワックスから分離精製されます。その効果としてはLDLコレステロールを低下させ、正常なコレステロールの範囲内でHDLコレステロールを増加させることができることが示されています。1990年代初頭に最初に発見されたこの物質は、各種試験研究および臨床試験により、数十年に渡ってその健康上の利点について臨床試験に基づく評価がされてきました。

ポリコサノールは他の植物製品に含まれていますが、キューバのサトウキビワックスに由来する物質はコレステロールを下げるのに役立つと報告されています。サトウキビから過去様々な製品が生み出されてきましたがキューバのサトウキビにはまだまだ多くの可能性がありその未来は明るいようです。

※1
https://en.wikipedia.org/wiki/Fernando_Ortiz_Fern%C3%A1ndez

※2  Ten Years’ War
https://kotobank.jp/word/%E5%8D%81%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89-77325