キューバはいかにしてコロナを封じ込めたのか 経済制裁の中で発達した医療システムと独自の医薬品が奏効

2020.06.29

知られざる医療先進国キューバの取組み(1)

カリブ海に浮かぶ小さな島国、キューバ。あのカストロ兄弟とチェ・ゲバラが率いたキューバ革命以降、社会主義国として独自の道を歩んできた。キューバといえば、やはり「ラム酒、タバコ、チェ・ゲバラ」。地元紙も自らそう報じるほどで、日本でもこれらのイメージがいまだに根強い。さらに革命以来の軋轢から、米国を中心とした一部の国々より経済制裁を受けており、医療物資を含む生活必需品も慢性的に不足している状況だ。

そんなキューバが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の封じ込めに成功しつつある。キューバ保健省(MINSAP)の統計データによると6月17日現在、キューバ国内での新型コロナウイルス感染症数は2,295人、死者は累計85人。6月に入ってからの新規発症者は1日あたり平均12.4人(2020年6月1日~6月17日)となっており、人口あたりの累計感染者数の推移を見ても、多くの医療先進諸国の数値を下回っている。しかもキューバは、世界の感染者数の1/3を占める米国の隣国であるにも関わらずだ。

米国からの長期経済制裁という不利な条件の中、キューバはいかにして、コロナウイルスと戦ったのか。駐日キューバ大使館の科学技術担当参事官ラモン・ヌニェスさんに、その実態を聞いた。


「かかりつけ医」による国民100%スクリーニングの実現

オンラインインタビューに答える駐日キューバ大使館科学技術担当参事官ラモン・ヌニェスさん

「キューバのコロナ対策には、他国とは明らかに違う独自のアプローチがあります」とラモンさんはインタビュー冒頭に切り出した。

1つ目の違いは、「かかりつけ医」の存在だという。キューバのかかりつけ医は「ファミリードクター」と呼ばれ、全土に配置され、普段から国民一人ひとりと細やかなコミュニケーションをとり、基本的な健康管理を担っている。

キューバ初のコロナウイルス感染者が確認されたのは今年3月11日のことで、観光で訪れていたイタリア人家族が最初の発症者だった。「ファミリードクター」たちはドクター一人当たり約200世帯を受け持ち、午前は診療所で診察、午後は訪問診療を行っている。医学生らとともに全国の各家庭を週に1回訪れ、感染者の確認後は感染症と疑わしき症状が出ていないかさらに注意して一人ひとり問診して回っている。感染者注意対象になった患者はファミリードクターが監視を続けている。

医師たちが感染経路となることを避けるため、問診は家の中に入ることはなく、距離を保って行われているという。キューバでは、そのファミリードクターによる家庭訪問を毎週繰り返すことで、感染者やクラスターの早期発見が可能となった。また、医師たちが家庭を訪問することで、医師たちの判断で病院へ運ぶべき患者を選別できることから、不安を抱える患者が病院に押しかけるといったことが発生せず、集団感染のリスクも抑えられ、医療崩壊も起こらない。

(オンラインインタビューに答える駐日キューバ大使館科学技術担当参事官ラモン・ヌニェスさん)


隔離病床の充実と徹底した患者の隔離

NIAID / CC BY (https://creativecommons.org/licenses/by/2.0)

こうして見つかった感染者は、速やかに病院に隔離され、PCR検査を含む必要な処置を受けた。キューバ政府のとった特徴的な措置の2つ目は、いわゆる「濃厚接触者」への対処だとラモンさんはいう。

「ご周知の通り、この新型肺炎の恐ろしいところは、潜伏期間が長く、無症状の感染者が自分の感染を自覚せずに行動することで、感染拡大を引き起こす点であります。キューバのファミリードクターたちは、そんなウイルスの特性を考慮した上で、PCR検査で陽性反応のあった感染者と接触した人々『全て』を陽性者とは別の施設に2週間入院させることで、感染拡大を最小限に抑えたのです」

下のグラフは、PCR検査で陽性反応の出た感染者数と、感染者と接触を持った入院患者数を比べたものだ。ピーク時でも、感染者の約3倍にのぼる「感染者とは限らない」患者が入院していたことを示している。

日本人にすれば一見横暴にも見える対応だが、キューバでは憲法にプライマリーヘルスケアの大切さが記載されており、「健康は全ての国民に与えられる人権で、国民ひとりひとりがその獲得に尽力する」という思想が浸透しているキューバ人にとっては、協力は容易だったようだ。

(NIAID / CC BY (https://creativecommons.org/licenses/by/2.0) )


最先端治療や独自開発薬の無償提供

資料提供:駐日キューバ大使館

かくして病床に集められた患者たちは、革命後設立された国民皆保険制度のもと、最先端の医療を全て無料で享受することになる。ここがラモンさんが最後に挙げた重要なポイントであり、医療大国キューバの本領とも言えるだろう。

 資源も潤沢とは言えない。もちろん医療においても同様の状況である。米国を原産地とする商品をキューバに販売すると、販売者が罰せられる米国輸出管理規則という法律も影響を与えている。米国産はもちろんのこと、第三国で作った製品でも、原材料や部品の中に米国産製品が15%以上含まれていると処罰対象になるのでキューバとの商売には及び腰になる。だからこそキューバの医師たちは、自国のための医療を自分たちの力で確立し、それを全ての国民に対して無償で提供しているのだ。

(資料提供:駐日キューバ大使館)


コロナウイルス感染予防・重症化予防の独自開発薬

出典:キューバ公衆衛生省HP

現在キューバでは、新型肺炎の感染者やその疑いがある患者たちに、20種以上の薬剤を治療に使っている。その中でも、コロナ禍以前からキューバで開発・使用されている薬剤として度々メディアにも取り上げられる「インターフェロンα 2b」や「バイオモジュリンT」は、抗ウイルス作用を持ち免疫応答を高めることから医療従事者へのコロナウイルスの感染や重症化を防ぐ目的で施薬されている。「バイオモジュリンT」は65歳以上の高齢者に特に効果が見込まれる。また、重症化した患者に目覚ましい効果を発揮した「Jusvinza:ジャスビンザ」は、患者の生存率を上げるだけでなく、回復後の合併症も防いでいる可能性がありCOVID19への効果が期待されている。(※いずれも日本では未承認)

さらに、キューバは日本と長年に渡ってワクチンの共同開発にも取り組んでいる。そのうちのひとつである「CIGB 2020」は、WHOのR&D Blueprintによる、今回の新型コロナウイルス感染症に有用である医薬品のリストにも掲載されている。

(出典:キューバ公衆衛生省HP)


コロナ封じ込めへ向かって

資料提供:駐日キューバ大使館

もちろんキューバは、禍中にある諸外国が行っているような対策も取っている。列挙すると、国境封鎖や休校措置、急を要しない商業施設への休業要請や国民への自粛要請、ソーシャルディスタンスの維持、手洗い・手で目や鼻に口には触れない・マスク着用の奨励など。こういった基本的なところは全て押さえた上で、上述した3つの強力な対策を実行するキューバの『対コロナ』成績は、数字を見ても優秀と言わざるを得ない。

下のグラフはキューバの公衆衛生省が算出した新型肺炎の感染推移予想と、実際の感染者数の推移を比較したものだ。赤いラインは感染爆発が起こった最悪の状態の予想値、水色のラインはウイルスに対して対策が優位に働いている場合の予想値、そして黒丸を繋ぐラインが実際の感染者数推移を示す。結果は一目瞭然で、実際の数値が、予想していた一番優位なシナリオの数値を早い段階で下回りはじめ、収束へと順調に推移している。

(資料提供:駐日キューバ大使館)


医療大国キューバの実力

キューバでは、人口1,000人中約8.7人が医師として従事しており(2018年キューバ共和国全国統計情報局;ONEI調べ)、これはスイス等の医療先進国と名高い国の数値に匹敵する数だ。ちなみに日本は1,000人中2.6人となっている。(厚生労働省「平成 30(2018)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」より )キューバの平均寿命は79歳、データの取れる187ヶ国中33位だ。アメリカ大陸では5位を誇り、僅差ではあるが米国を凌いでいる(2020年WHO調べ)。今回のコロナ禍においても、現在約5,000の隔離病床と472の集中治療室が用意されているが、感染ピーク時ですら病床は847しか埋まらず、集中治療室は最大約3.8%の使用率に収まり、一度も医療崩壊を起こしていない。

またキューバは、上述のようなハイクオリティの医療活動を自国だけに留めているわけではない。キューバは「ヘンリー・リーブ」と名付けられた緊急医療援助国際部隊を抱えており、コロナ禍以前より、28,000人を超える医師たちが世界59ヶ国で医療支援を行っている。この新型肺炎の流行に際しては、いち早くこの医療援助国際部隊を多くの国へ派遣し、現在では2,800人を超える医師たちが、メキシコ含む近隣諸国にはもちろんのこと、イタリアやアンドラといった欧州、カタールや南アフリカといった中東・アフリカ圏など、地域問わず24ヶ国ものエリアに渡り、感染者の治療や隔離病床の入院患者のケアなどを行っている。このような働きは世界的にも評価されており、アメリカのとある平和団体は、キューバの医師たちを今年のノーベル平和賞の候補に挙げるよう要請している。

キューバでは1959年の革命の初日から教育と健康が無償の人権として宣言されている。キューバ国民議会発足後の1960年のハバナ宣言の一部を紹介する。「… 非識字、教師の欠如、学校の欠如、医師や病院の欠如、中南米で蔓延している老齢期の保護の欠如。 女性の不平等と搾取を非難する。 …」。
2016年の逝去まで国を率いたフィデル・カストロ氏らのもと、その憲法の実現に根気強く取り組んできた。次回の記事では、キューバがいかにしてこのような医療大国となったのか、その背景と歴史に迫る。


メイン画像:写真:ロイター/アフロ