「キューバでは、患者を『カスタマー』ではなく『ひとりの人間」として扱う」ラミレス駐日キューバ大使インタビュー

2020.08.03

知られざる医療先進国キューバの取組み(3)

カリブ海に浮かび、レトロな市街地の雰囲気が人気の島国キューバ。日本人からは観光地としてのイメージが強いキューバだが、実は今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の封じ込めにいち早く成功しつつあり、知られざる医療先進国であることが明らかになった<特集(1):「キューバはいかにしてコロナを封じ込めたのか 経済制裁の中で発達した医療システムと独自の医薬品が奏効」参照>。

その背景には、ソ連崩壊後のアメリカの経済制裁により、医療機器や医薬品が輸入できないという窮地に立たされる中で、近代西洋医学だけでなく伝統医学も併用する「統合医療」と、予防と健康増進に主眼を置いた医療政策としての「プライマリケア」を発達させ、国を挙げて医療教育を実施してきたキューバならではの事情があった<特集(2):「平均寿命はアメリカ以上。医師数は日本の3倍 知られざる医療先進国だったキューバ。その歴史と実力に迫る」参照>。

今回、ラミレス駐日キューバ大使への特別インタビューを通じて、「知られざる医療先進国キューバ」の取り組みを聞いた。


■新型コロナウイルス 対策では、すでに多くのワクチンを開発、海外にも医師派遣

「コロナ封じ込めの状況を見れば、キューバの医療システムがいかに成功しているかがわかると思います」
インタビューの中で、ラミレス大使は語った。
「キューバではすでに5月の時点で22もの医薬品を新型コロナウイルス感染症の対症療法薬として使用しており、7月に入り新たに2つ追加登録され現在24の対症療法薬を使用しています。かかりつけ医の丁寧な指導のもとで新規感染を抑制した結果、新型コロナウイルスによる死亡率を3.3%程度に抑えることに成功しています。これはヨーロッパでの死亡率が7%、北米(カナダ、アメリカ合衆国)の死亡率が3.3と同水準、世界平均では3.8%であることを考えれば顕著な数字です」
注)2020年8月2日現在日本の死亡率は2.8%

さらに、自国内の感染状況が完全にコントロールされた状況となっているため、イタリアをはじめ感染が拡大している国々に自国の医師団を派遣し、現在多くのキューバ人医師や看護師が患者の治療にあたっている。


■憲法に規定されている『国民が十分な医療を受ける権利』

これを可能としたのが、独特な形で発達したキューバの医療システムだ。キューバ独自の医療システムについて、ラミレス大使は次のように語る。

「キューバ革命による人道主義的精神に基づき、『国民が十分な医療を受ける権利』は憲法にも規定されています。このため、キューバ政府は、国民を病気から守るための質の高い医療システムおよびそれを支える医学教育の構築に力を入れてきました」

この憲法の精神を反映して、国民の医療費は完全に無料となっている。また医学教育自体も無料で受けることができるため、志があれば誰でも医者を目指せるという。この結果、医学教育・研究が発展し、前回の記事でも紹介した通り、キューバの人口1,000人当たりの医師数は約8.7人と、日本の2.6人を大きく上回っている(2018年キューバ共和国全国統計情報局;厚生労働省「平成 30(2018)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況;WHO統計調べ)。


■アメリカの経済制裁が「統合医療」「プライマリケア」のきっかけに

さらにキューバ独特の医療システムを加速させた出来事として、1990年代以降のアメリカの経済制裁がある。ラミレス大使は次のように語る。

「アメリカの禁輸措置により、キューバでは医薬品の輸入がままならなくなり、医薬品を自国内で開発・生産せねばならなくなりました。逆にこれが、西洋医学だけでなく、コストが安く自国内で生産・供給できる薬草や鍼灸などの伝統医学も取り入れた「統合医療」を発展させるきっかけとなったのです。その結果、キューバでは、現在医薬品の70%が自国産となり、医薬品の供給を他国に依存することなく、自国民に対して安価に医薬品を提供することができています」

各種感染症に対するワクチンも自国内で生産できるため、キューバ人のワクチン接種率はラテンアメリカの中でも随一である。また現在、新型コロナウイルス感染症の対症療法薬として、4種類に及ぶキューバ産の医薬品を他国に輸出している。

「統合医療」の推進に加えて、キューバの医療システムにおいては、限られたキューバ政府の予算の中で、国民の健康を維持するため、予防と健康増進に主眼をおいた「プライマリケア」が最も重視される。「かかりつけ医が、一定区画内に住む全ての住民の食事の仕方、運動の仕方など生活のあらゆる面について定期的に指導を行ない、住民はその指導をきちんと守ります。この『プライマリケア』の仕組みが、今回の新型コロナウイルス の感染抑制において効果を発揮し、感染の可能性がある人々や重症化しやすい高齢者は、かかりつけ医の指導をよく守り、外出自粛を行なったのです」


■「キューバでは、患者を『カスタマー』ではなく『ひとりの人間』として扱う」

発達した医薬品の開発研究体制を持ち、人口あたりの医者の数が多いキューバは、この強みを最大限活用し、他国に対しての医薬品の提供や医師団の派遣を行っている。そこで得られる外貨は、キューバの重要な収入源として、キューバ政府の歳入となり、キューバの完全無料の医療システムを支えている。

ラミレス大使は強調する。「医療はあくまで人道主義的見地から行われるべきであり、発展途上国への医師団派遣は無料で行なっており、きちんとした支払い能力を持つ裕福な国からは派遣費用をいただくことにしています。キューバの医師達の考えの根底には、キューバの優れた医療技術で、困っている国を助けたいという気持ちがあります」

医師団派遣だけでなく、途上国向けに、キューバの医薬品の輸出も積極的に行っている。「先進国ではすでに根絶しているが、途上国ではまだ流行っている感染症については、先進国が医薬品の開発に関心を持たずに、医薬品の薬価が高止まりするという問題があります。我々はそうした病気の医薬品の開発も行っており、途上国向けに医薬品を安価に輸出しています」

「キューバの医者は、お金を稼ぐために医療を行っていません。患者はお金を払い医療サービスを受ける『カスタマー』ではありません。キューバの医療では、患者を『ひとりの人間』として扱っています。『困っている人を助ける』という、憲法にもある「連帯」の精神が根底にあります。」キューバが、他国に医師団を派遣する際や、途上国から医学部生を奨学生として受け入れる時も、この考え方に基づき行ってきた。例えば、2005年パキスタン地震では、1000人以上の医師や看護師を6ヶ月以上派遣し、また1000人以上のパキスタンの医学部生を奨学生として招致した。


■医療だけでなく、観光・食品分野でも先進的取り組みを実施し日本にも輸出

近年キューバ政府は、医療以外でも、キューバならではの様々な産業に力を入れているとラミレス大使は説明する。

「キューバ国民の高い識字率・教育レベルを活かして、ICT産業を育てるためのエンジニア人材の教育に力を入れています。また、観光産業にも力を入れており、今はコロナウイルス で外国人観光客がいなくなり観光産業は大打撃を受けましたが、今年7月からはキューバ独自の感染予防対策のもとで観光客受け入れを再開しています」

この7月からの観光客は、住民の生活圏があるキューバ本島からは隔離された5つの島にだけ訪れることができ、徹底した感染予防対策のもとでのすべて整ったリゾート体験ができるという。こうした感染対策と経済の両立の考え方もキューバならではだ。

キューバ産の輸出食品も、日本を含む多くの国に輸出されており、政府として力を入れている分野の一つだ。

「ラム酒、葉巻、カリビアンクイーンなどのロブスターがすでに日本に多く輸出されています。また最近では、キューバのサトウキビ由来の悪玉コレステロールを下げる作用があるポリコサノールを日本を含む多くの国に輸出しています。これらのキューバ産食品と伝統医療のノウハウを活用し、各国の製薬会社との共同研究開発を行うこともあります」

また、農業については、アメリカの経済制裁による結果として、農薬に頼らない有機農業に舵を切っており、結果的に高品質のオーガニック食品を多く生産している点も各国から注目されている。

「オーガニックの高品質蜂蜜は、日本にも輸出しています。今後、独自のオーガニック肥料で育てたオーガニックのマンゴーなど、オーガニック・フルーツの輸出も行っていく予定です」


■「キューバはるつぼ」多様性に開かれた社会

このような知られざる強みを多く持つキューバの文化面での魅力はなんだろうか。

ラミレス大使は笑みを浮かべて、キューバの魅力を語る。

「『メルティング・ポット(るつぼ)』であることが我々の文化の最大の特徴です。キューバで生活するあらゆる人種・文化の人々がキューバ文化をつくっていると言えます。例えばダンスも、キューバには、アフリカの伝統的な民族舞踊もあれば、ラテンアメリカのダンスもあります。これら全てが『ひとつのキューバ』として、キューバ文化を形成しています。また、キューバ人は外国人に対しても非常に開放的です。例えば、経済制裁を行っている当事国のアメリカ人がキューバに来たとしても、キューバでは歓迎されます」

まさに多様性に開かれた社会だ。

最後に、日本とキューバの関係について聞いた。「日本とキューバは、長きにわたり親しい友人関係にあります。歴史的、文化的にもつながりがあり、武芸や武士の倫理などはキューバ人にも非常に馴染みが深く、キューバでは日本文化は非常に高く評価されています。日本の長年の友人であるキューバとして、ぜひ様々な面で日本に貢献したいと考えています。一つは医薬品の分野です。キューバ には先に述べた生活習慣病予防薬をはじめとする優れた薬が数多くあります。また、急速に高齢化する日本社会において、介護福祉士として教育レベルの高い人材をキューバから日本に送ることもでき、こうした面でも日本に貢献したいと考えています」

今回の特集をするまでラム酒や葉巻、チェ・ゲバラやカストロのイメージが強かったキューバだが、「医療先進国」としての顔をはじめ、日本ではほとんど知られていないさまざまな魅力を持つことがわかった。特に、追い詰められた逆境下だからこそ、伝統的医療を積極的に取り入れることで統合医療を発達させたように、「良いものを『良い』として見極め、柔軟に自国に取り入れる」というキューバの国としての姿勢に、日本が学ぶべきことは大きいのではないだろうか。